神の足跡

重力波、確認。。
おぉぉ。。

おおおぉ。。。

おおおおおおお。。

なにそれ。重力波。。

重さを持つモノは時空を歪める。
なんかそんなのがどーたらこーたらやった気がする。

ま、細かいことはいいとして。

クソ重い質量はかなり時空を歪めるとゆーことになるんだろな。
じゃけーブラックホールとかすげーんだろな。

時空が歪む?

歪む。。

歪むて(笑)

羽毛ぶとんの上に
クソ重い鉄球落としたら
沈むわけだが、
そーゆーことなんじゃろな。

羽毛ぶとんが時空間ね。

だから軽い球を近くに置くと、すーっとクソ重い鉄球の方に転がるわな。

それが重力なんじゃろな。

ま、そんな感じやろ。

とゆーか、歪んだモノを標準としてる僕らには、それが歪んでるとはわからん。

そこを見つけるアインシュタインはすげーな。

変化は全てを壊す。
歪んだモノが元に戻るにせよ
もっと歪むにせよ
今を正常とする限り
それは
破壊の限り。

幸か不幸か。

なんつって。

それもまたどちらでも関係ねーな。

この奇跡的な世界は
この異様な完璧さは

神がいなきゃ成り立たないだろ。

神の足跡を追っているだけ。

アインシュタインはそんなこと言ってたなぁ。

決して無神論者ではなかった物理学者。

ちなみに

ニュートンもね。

神を探そうとしてるのが科学や数学だと思う。

決して否定するのが科学や数学じゃない。

確かめていくのが科学だから、否定的にいくのは当然なんだから。

重力波が確認されて
また、神の粒子とゆーヒッグス粒子も発見されて

けれど

それがなぜ在ったのかは
それがなぜ生まれたのかは
まだ追い付けない。

水晶の綺麗な構造や
水の透明さや
濁り方や
温度に風や、
空気に雲に海に土に砂に

僕らの身体も、心も
脳も心臓も足も手も

なんで在るのか。

生命とはなんぞや。

もっともっと長い時間をかけて
たどり着くもの。

しかも、もうそれは、在る。

理由がわからないだけ。

クソみたいなことがたくさんあって
クソみたいな奴らがクソほどいる
これほどの奇跡に生きてるにも関わらず。

もしも人類が滅んでも
文明が潰えたとしても
何故なんだとは思えない。

当然、滅ぶ。

原発があるからとか
戦争があるから
核兵器が武器が
金が宗教がとか

そーゆーなんだか抽象的なわけのわからない理由で滅ぶわけじゃない。

それらは全てただの道具にしか過ぎないからだ。

滅ぶ理由は
使う人間にある。

誰かのせいや何かのせいにしたくなるけれど、
全部自分らのせいだ。

重力波が見つかった。
それをどう捉える。

ただの発見じゃない。

奇跡を発見したんだ。

その中にある僕ら生命は
どうやってこの奇跡な世界を生きるよ?

この僕らでさえ奇跡なことを
噛みしめることができたなら
クソみたいなことは
消えるだろうよ。

罪だ罰だと
誰が悪い何が悪いだの
そんなことは
ただのガキの罵り合いにしかならん。

ケツは拭かなきゃならん。

それが嫌でも。

この重い重力は
この世の鎖なんだから。

それすら越えようとするんなら
なおさら。

いい加減、起きなきゃならんのだ。

ぬははー。

なんつって。

重力波かー。
面白いなぁー☆☆

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