贖罪

今年はヨベルの年と言われている。
9月13日から。
解放の年と言われるヨベルの年。

朧げながらだが、確か、由来は相当に古い。
旧約聖書、レビ記に書かれている。
そっから連綿と続くモノ。
もちろんどっかで数え間違ってそーな気もしないでもない(笑)
しかし、ユダヤ暦というのをその時代から使ってたユダヤ人。
ちゃんと数えてるのかもしれない。

さて、レビ記によると。
7年目を安息年として、それを7回繰り返した後の始めの一年。つまり五十年目。
それがヨベルの年。
7年目を安息とするのは創世記と同じですな。創世記は日ですが。

ユダヤ暦5776年。

あなたがたは第五十年目を聖別し、国中のすべての住民に解放を宣言する。
これはあなたがたのヨベルの年である。
あなたがたはそれぞれ自分の所有地に帰り、それぞれ自分の家族のもとに帰らなければならない。

すべてのものが解放されると言われてる。
奴隷も負債もすべてを解放する。
売った家や土地でさえも、もとに戻る。

はてさて。
50年に一度のヨベルの年。
さらに、今回のヨベルは。

テトラッドのヨベル。
テトラッドとは皆既月食が4回連続して起こること。

過去2000年間で8回。

そして今回のテトラッドは、間に日蝕を挟んだ。

それは過去2000年間で一度のみ。

1944年前に一度。
つまり、西暦56年。
まだ、使徒が生きていた時代に一度だけ。
キリスト教が起こり始めた頃。

約4000年前、旧約が始まった頃。
その2000年後、旧約からイエスによって新約へ。
さらにその約2000年後の今。

テトラッドのヨベルの年。

いろんな時に、いろんな意味を持たせようと思うのは、なんだかワクワクするからとも言えるけれど、
逆に、今なんか変わってしまえというくらい、辟易してるとも言えるんすけどね。

加えて

大贖罪の日とも言われるヨベル。

贖罪とは、犠牲を払って罪を贖うこと。

我々に罪はないと言い切れる人間は、この世界には存在しない。

もしいたなら、それは人間じゃない。

人である限り、罪は付きまとう。

どんな善良な顔をしていてもね。

人は罪深い。

安保法案が可決されましたな。
ずいぶん無理くりに。
無茶苦茶ですな(笑)

でもね。

彼らが悪いだけの話ではない。

集団的自衛権なんていらんし、戦争なんか嫌だし、殺したくも殺されたくもない。

それはみんな、どの国民もそうだけど、知らずに戦争を起こしてるくらいの罪はそれぞれにある。

知らないのならば、もっともっと考えてみなきゃならないし、もっともっと自分という人間がどう生きてるか知らなきゃならない。

デモで叫びをあげるのは悪くない。
合わせて、本当に反対してるのであれば、本当に戦争なんか嫌だと思うのであれば、もっと自分を見直さなきゃならない。

そもそも戦争てなんで起こるのよ。
欲のためとか言うけど、それは一部の人らの話。
一部の人らが、わーって武器を持つわけじゃない。
それに従う人らがいるからだ。
なんで、従うのか?
だいたい、虐げられてたりするとね、そこから脱却したいだろ?
だからやるしかないよな。
やるだろ?
やらないの?
ってかそんなことになったことある?
ないだろ。
自分の子供が飢えて死んだり、売りに出したり。
それでも誰も助けてはくれない。
そんな中、助けれるよ、国を潤そう、保証もしたる。安心しな、だから戦おう、あの、利用するだけ利用して、豊かに暮らす人らがたくさんいる、あの国を。

やるだろ。

スマホいじってネイルして、テレビ見て、ネット見て、好きだ好かれた、美味しい不味い、そんなこと言いながら戦争反対、安保反対。

さぁ、そのスマホは誰が作ってる?
この道は?この服は?
安いものが欲しい、安心なものも欲しい。
車の材料ってどこからくる?
石炭や石油は?

安い方がいい。高ければ国が悪い。

インスタント食品の原料ってどこから出来るんだろう?

100均ってさ、労働料金いくらであーなるんだろうね?

船は誰が動かす?
飛行機はどうやって出来てる?

物流がなければこんなに品が回ることはない。

あれ?この靴はどこからやって来たの?

洗剤の原料ってなんだっけ?
農薬の原料は?

米はどうやって作られる?

俺ら私らは平和を望む。平和で豊かで誰も傷付けず、傷付けられない、そんな世界や社会を。

その通りだし、僕もそー思う。

けれど、そこに流れるもう一つの意味。

そのために、死ね。
そのために、黙って働け。
そのために、君らの人権など無視をする。

そう聞こえちゃうんだ。

知らなかっただなんて理由にならない。

物事には理由がある。
安保法案可決しなければならないのは脅威があるからだ。

悪意から来る脅威ではない。

救うために、命を守るためになら、
誰かを殺してでもっていうのが人間だからだ。

それは欲深いわけではない。

勘違いだ。悪者が攻めてくるわけではない。

そう見てみなよ。責められる脅威は腐るほどある。

だから。

それを外さなきゃ、盾はずっと必要になる。

にも関わらず。

美味しい思いだけしたいだなんてな。

しかも知らないで済ますなんてな。

だから今はもう
安保法案可決は致し方なし。

贖罪はせねばならん。

報いは受ける。

今まで散々種を蒔いてきた。
刈り取らねばならんのだ。
結果、苦しいことになっても。

何かで贖わなければ。

ちょうど大贖罪。
ヨベル。

今までの苦しみが解放されるのであれば、
戦争くらい起きる。

償わされるだけ。
小綺麗にして平和のために平和を犠牲にしてきたことを。

だから自分らも解放せねばね。
自分らのことを改めねばね。
じゃなきゃ、
ずっと続くから。
ずーっとずーっと。
ずーっと。

いいきっかけだよ。
子供を戦争に送る以上のことを、知らない間に他人に、他国に、させてきたことを、しっかり刻もう。

そしてそれを捨てよう。
それは辛いかもしれない。
今までのあのデモとかで守りたいと言ってた日常を捨てることになるかもしれない。
けれど、奪うことを辞めねば、
何も変わらないんだから。

そうすりゃ戦争なんざ根絶やしに、安保法案なんてゴミになるだろーから。

なめた日常を守りたいなら。
人殺ししてることを自覚してやれ。
復讐されないように、武器を取れ。
平和なんか望む資格など
ない。

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